SNSを見ていると常に誰かが怒っている。政治に、あるいは見も知らぬ誰かの発言に。自分の意見を明瞭にしておくことは大切だが、怒ること自体を目的に持ってしまうのはあまりに虚しい。他者への批判は自己を正当化するためにあるのではない。感情の赴くままに否定したり、肯定したりもしたくないし、誰かのそうした行為を受け取りたくもない。
印刷物を作るとき、データ入稿後はいつも不備連絡が来るのではと落ち着かない。無事可の連絡をもらったので安堵して発送を待つ。
先月三島由紀夫vs東大全共闘を見た関係で佐々淳行「東大落城」を読んだ。警察側の立場での奮闘がよく描かれていて面白かった。これまでなんとなくのイメージで学生、パワーあったんだなとぼんやりした感想を持っていたのだが、警察は警察で凄まじいというか、昭和という時代はとんでもなかったんだなと、ぼんやりの範囲が広がるに至る。
学生たちが道路のコンクリートを剥がして武器にしてしまうので、機動隊で先回りして剥がしたところ道路局が何事かと飛んできたというエピソード、良い。
足が重い。体が怠い。会社を出て家に帰るまで何千マイルも歩かなければならないような気がしてくる。暑い。初夏じみた夕日が行く手のアスファルトを不必要に温めているのが見える。延々と続くその上を否応なく歩く。重力によって路面に吸い付く足裏を嫌々持ち上げては下ろす。脇をすり抜けていく自転車。どうしてこんな、大気と地表の間を徘徊しているのかよくわからない。
長く続く道を歩き続けていたらいつかアメリカにいるかもしれない、と働かない頭が夢想する。延々と続く道はいつか乾いた風に両側が開け、そのうち「66」の看板を掲げたロードサイドのコーヒーショップが姿を見せる。70年代(70年代というのはニュアンスに過ぎない、前後十年程度、70年代だろうと思っている)から営業していそうな、最近出来た店。ひとときの喧騒を通り過ぎると、再び何もない国道に出る。目的地であるところの我が家はもうすぐだ。と思っていると、広野に突如として現れた20年代風の小さな家に辿り着く。少しだけ開いたキッチンの窓からガンボの匂いがしている。疲労に疲労を重ねて帰路を辿ってきたけれど、いつの間にかルイジアナまで来ていたのだ。ルイジアナ。なんという長い道のりであっただろうか。しかしまあ、それをやってのけたのである。そう思って、充足した気持ちで玄関ドアを叩く。夢の中で全然知らない人の家に帰ってきた時の不可解な正当性を持って。
指輪物語の合間にKindleで買った本を消化しているのだが、ドナルドキーン先生の本ばかり読み進めている。三島由紀夫と深く親交のあったことは知識として知っていたが、自身の言葉で語られる三島像はやはり面白く、興味深い。私は昔から三島の書く文章に苦手意識があって、「金閣寺」が良かったこと以外の記憶があまりない。没後50年ということで各所の特集を色々と読んだりもしたが、結局「まあ金閣寺は良かったよね」以上の感想を持てなかった。しかしここへきてキーン氏が「三島さん」と親しみを込めて回想するのに触れて、また少し読んでみようかという気になっている。
月曜から結構疲れている。昨日の夕飯は茄子の揚げ浸しとブロッコリー胡麻和え、青椒肉絲と甘酒の味噌汁を作った。さらに玄米を混ぜたご飯と、薄く作ったレモンサワー付き。これは外で食べたら2000円くらいするだろうなと自画自賛した。
副菜をいくつか作っておくと食事の支度が簡単でいい。料理は基本的に面倒でやりたくはない。何もなければ胡瓜でも齧っておけばいいくらいなのだが、時々作ることが妙に楽しい日がある。今日、茄子がまだ余っていたので味噌炒めにして、鶏を蒸して裂いておいた。二品。これ以上はやめておく。こういうことは疲れ果てるまでやっても仕方がないのだ。